No.64『シンガポール訪問』その2
金曜日の夜のユースの集会は主の圧倒的臨在の中、多くのユースが主に取り扱われ、主に栄光が帰された。翌日、土曜日、U兄一家の皆さんと自宅周辺を散歩した。歩きながら、入れ替わり皆さんといろいろな内容について(仕事、健康、子育て、学校、友人関係・・・)について会話が弾む。自然に話題が出てくる。お昼は、デール師が奥様のチュイ牧師と二人のお子さんヨセフとジェダを連れて彼の行きつけのイタリアン・レストランで歓待してくださった。美味しかった!しかし、それ以上に興味深いことは、デール師は小生とほぼ同じ年齢であり、昨年より教会の主任牧師になったということである。両親が開拓者であり、前主任牧師である。その地場?を引き継いで教会を導いている姿に小生は心近い思いで接した。彼も決して楽ではないようだ。しかし、肯定的に積極的に歩んでいるデール師の姿に小生は自分を重ね合わせ、自らにまたChallengeした。デール師は確かにSPARKしていた。
夕方、メインイベントである洗礼式である。U家の末娘さんが、主イエスキリストを信じ告白し、洗礼を受けた。ハレルヤ! 洗礼前に彼女と話した。『自分が罪深いことを認めますか?』彼女は少し照れながらも静かに『うん』と答える。第2の質問、『あなたは、主イエスキリストはあなたの救い主であり、十字架で流された血があなたの罪をきよめることを信じますか?』彼女は大きな声で『はい!』と答えた。大切なこの2つの質問に彼女は、自らの意思を持って告白したのを確認した小生は、洗礼場所へ移動した。U兄宅は実は大きなコンドミアムにあり、そこには途轍もないプールが広がっている。会場は間違いなくそこである。
牧師を含め家族みな揃って、「洗礼漕」と名付けたプールに飛び込んだ。そして大いなる神に祈りを捧げ、「父、子、聖霊の名によって・・・」彼女は洗礼を受けた。ハレルヤ!最高の瞬間である。聖書には、『主イエスを信じ洗礼を受ける者は救われる』と記されている。彼女は神の子になったのだ。その晩、U家では、盛大な大ご馳走がでた。言うまでもない。末娘さんの洗礼を家族中が祝ったからである。牧師としてそのような宴に同席できたことは何よりも幸いなときであった。
翌日、U家で聖餐式を行った。マタイによる福音書より、聖餐式の箇所を開いた。主イエスの十字架と復活を記念し、自らの罪が赦され、永遠の命を与えられた者として、この聖餐式を一家であずかった。パンはイエスキリストの身体をあらわし、杯はイエスキリストの十字架で流された血潮を象徴する。イエスキリストによって生かされる人生は最高である。行き来し、活力がある。希望に満ち、肯定的に人生を捉える。精力的にあゆむ力が神から与えられる。平たく言えば「タフ」になる。少々のことではへこたれない。いや人生を切り開く生き方へと変えられるのである。
シンガポール訪問は、その意味で最高にエキサイティングな出張であった。